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三沢仁と「ファイリングシステム」

コロナ禍の煽りを受け、各図書館で保有されている全冊を入手するまでに2ヶ月を要してしまいました。ファイリングシステムのバイブルとも言われている、三沢仁(1917(大6)年11月9日〜1998(平10)年1月28日)の著書。1950(昭25)年発行の初版本から、1987(昭62)年に発行された最新の五訂までの全5冊、やっと手元に揃いました。なぜ揃えたのか?幾つか理由があるのですが、個人的に一番関心があったのは、「ファイル基準表」という語彙を、誰が、いつ、なんのために造語したのかを知りうるヒントが見つかれば、ということでした。こちら文書管理通信にお世話になってから半年後、「文書管理」の鍵を握っているのは「ファイル基準表」ではないか、ということに気づいて(編集室だよりNo.36)から既に1年半を経過した今も、その初出が掴めずにいたからです。

表題に関して、本編集室だよりは、まず、揃えた5冊の外観的な違いに着目し、内容面では、既にこれらの比較などが著されている2つの書籍[1][2]から適宜引用させていただきながら、纏めてみることにします。

ということで、全冊の発刊日、及び、目次+本文+索引部分の総頁数を記すことから始めます。

初版発行    1950(昭25)年6月25日  179頁
全改定版発行  1958(昭33)年5月10日  283頁
三訂版発行   1964(昭39)年6月1日   313頁
四訂版初版発行 1972(昭47)年10月10日  292頁
五訂版初版発行 1987(昭62)年12月15日  229頁

まず、初版の執筆が弱冠32歳の時であったことに驚きました。その初版にのみ「アメリカ式文書整理法」という副題が付されていて、そのまえがきに「困ったことは日本にこのシステムについての参考文献のないことでした。しかしわたしの場合は幸いにして序文をいただいたウエノ ヨウイチ、フチ トキトシの両先生からの御指導とアメリカからの最近の資料とによってほぼその常識をうることができました」と記されています。実際、3年前に米国で刊行された"Records management and filing operations"(Odell, Margaret K.;Strong, Earl P.; McGraw-Hill,1947,342p.)の内容をベースにしていたとされています。そして「日本における従来型文書整理の方式とは異なる新機軸の提示を意図」して、(GHQの指導で創設されたといわれる([2]82頁))人事院の標準課の責任者として、米国では既に「伝統的」な語として定着していたfiling system「ファイリング・システム」という片仮名語の普及を促したようです。タネ本が、records management を標題に掲げた最初期の単行書であり、この時期の米国におけるレコード・マネジメント領域の形成を象徴する著作であったにも拘らず、「記録管理(records management)」には殆ど触れることなく、「同じ種類の書類を一緒にまとめて、フォルダに入れ、カードのようにタテにおいて早く正しく見つけだせるように並べることである」と定義された19世紀末以降の米国で独自の展開を遂げた分類・配列法としてのファイリング法、つまり「バーチカル・ファイリング」の導入・定着に邁進したものと推察されます。(このパラグラフは[1]336〜338頁の記述内容を下に纏めさせていただきました)

初版発行から8年後に出版された全改定版では、三沢自身が「再販のコトバ」に「書き終わってみるとほとんど別の本になってしまったよう」だと記しているように、「日本ではこうしたほうがいい」ということをつけ加えていった結果、大幅な改訂となっています。具体的には、初版本ではわずか1頁だった「保存と廃棄」を扱った箇所が28頁と大幅に増補され、日本における保存年限表の具体例や、米国企業48社の文書類別型の保存年限を示した調査結果も示されていています([1]347頁)。ここで初めて記録管理 record management が紹介されたわけです。[2]によれば、三沢の初期の「ファイリングシステム」とは、活用〜保管を意味していたが、改定版の中では、活用〜保管〜保存〜廃棄に考え方を拡げたと紹介されています([2]160頁)。

そして三訂版。ここで「ファイル基準表」という語彙が初出します。また併せて「ワリツケ式」「ツミアゲ式」という語彙も初出します。文書の階層分類方式の名称である後2者について、三沢が作った言葉ではないか、と示唆されています([2]11頁)が、別に論文が出ていて、「「ワリツケ式」及び「ツミアゲ式」の名付け親は三沢であったが、ツミアゲ式の最初の実践者は小沢暢夫であったようである」と記されています(石井幸雄、レコード・マネジメント、No.60,39〜63頁、2011)。それによれば、1961年刊の小沢の著書「誰でもやれるファイリングのすすめかた」(日本事務能率協会)の中で積上式を提唱しているとのことでした。しかるに「ファイル基準表」の真の初出に関して示唆するような表記は未だ見つけだせていません。引続き調べていきますが、ご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示願います。

紙数の都合もあり、四訂版は割愛し、五訂版に目を移すと、「これを最終版といたします」と、まず、まえがきにでてきます。それでいて、頁数がかなり圧縮されています。この理由については、中身を熟読する必要がありますので、今回はパスするとして、もう一つ決定的な違いが、認められます。それは、初版から四訂版まで、冒頭にあった序文とハシガキが、巻末付録に下がったことです。何がしかの意図があったのではないかと思うのですが、実際はどうだったのでしょう?[1]によれば、「三沢仁は晩年の回顧談において、自身は米国のファイリング・システムの紹介者ではなく、「日本的ファイリング・システムの進め方を編み出した」のだとの自己評価を表明する。その際に「日本的」の一例として挙げられたのが、「例えば、1か所にファイルを集中するセントラルファイリングなどは、日本の組織、とくに役所には全く向かない」という点であった。」と記されています(245頁)。相も変わらず厚顔な民間人や民間業者とは異なり、元キャリアとしての自負と反省を言外に感じるのは、私だけでしょうか。

末尾になりますが、先週末、執筆中の論考「日本におけるファイリングシステムの歴史とあるべき姿」の第2章第3節が公開されました。かなり長文ではありますが、近世〜現代日本における文書管理の歴史を、簿冊・バーチカルを対比しつつ、経時的に纏め上げられた力作と確信しています。自治体職員の皆様におかれましては、文書管理の来し方やこれからを考える上での一助にしていただければ幸いに思いますし、アーキビストの皆様におかれましては、ぜひ皆様のすばらしい研究内容を、ナマの、つまり文書管理の実務にもっと反映させていただきたい。そのことによって、ここ数年にわたる公文書問題の改善やややバイアスがあるように感じる「行政文書の管理に関するガイドライン」の見直しにつながっていくことを祈念・期待しています。

[1] 坂口貴弘「アーカイブズと文書管理━━米国型記録管理システムの形成と日本」
2016年4月20日 勉誠出版

[2] 高山正也監修「文書と記録 日本レコード・マネジメントとアーカイブズへの道」
2018年6月26日 樹村房

      

文書管理通信編集室 樹令(いつき・れい)

2020年7月6日


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