被災対応に関していろいろ勉強していく過程で、先週、「事業継続計画」(BCP)という言葉に初めて出くわしたので、今週はこれを取り上げてコラムを執筆するつもりでいました。ところが、主幹の渡邊から、役所の皆様にとっては当たり前の言葉ですよ、と示唆されました。確かに災害など各種の緊急事態への対応を、現場を抱えながらこなしていらっしゃったことに思いを致せば、今更、ということに気がつきましたし、2015年5月に内閣府(防災担当)から市町村向けに作成ガイドが発表されていることも知りました。
言葉こそ知りませんでしたが、サラリーマン時代、「市場に出荷した一般食品に糸くずが入っているかもしれない、どうしようか?」など、いくつかの危機対応を実際に経験してきました。災害というのではなく、自らが招いた緊急事態への対応です。幸い、致死的な案件はありませんでした。当時「コンティンジェンシープラン」という言葉を書籍か何かで目にした記憶はありますが、一般的にこれが緊急事態への対応方法を考えるのに対して、「事業継続計画」というのは読んで字の如く、緊急事態が発生してもその事業を継続するための方法を考える点に違いがあるようです。
今回、BCPという言葉を知るきっかけになったのは、文書管理通信編集室が主催して実施させていただいた「地方自治体文書管理セミナー〜大規模災害と文書情報マネジメント」(2013年8月、静岡県)の発表資料でした。講演題目「危機管理(リスクマネジメント)と文書管理」では、全庁的な危機管理対策の一環として、巨大災害による文書消失可能性というリスクに対し、どのような対策、施策を講ずるかについて、当時の調査結果を基に、私案が纏められています。中核業務遂行上必要とする文書に関しては、BCPの視点に立った管理が必要ではないか。その後発表された市町村向け業務継続計画作成ガイドが掲げている重要な6要素の一つ「重要な行政データのバックアップ」に関しての、的確な提案にもなっていると思いました。留意すべきは、私案で触れているように、同じ文書でも、古文書などの歴史史料などは、その時の優先度がどうしても低くなるため、別に保全の道を考えるべきではないか、ということです。この点は後述します。
続いて、2014年2月〜3月にかけて、文書管理通信自体もアンケート調査を実施しました()(結果は2014年6月19日開催の地方自治体文書管理セミナーで発表されています)。先の私案で示したように、公文書が緊急又は長期の復旧事業の中で果たす役割の大きさを踏まえ、公文書(紙、電子媒体の文書や図面)を防衛する対策を、BCPに盛り込むべきだと考えているからです。南海トラフ大地震被災対象地域に所在し、中核市以下の人口規模(20万人以下)の市町村を対象として、21都府県406団体にアンケートをお送りしました。政令市が調査対象から外されているのは、既に万全の対策が取られているであろうとの予断があったからです。回答にかなり時間を要する調査だったにも関わらず、返送率は37%(150団体)に達しました。この場をお借りして、回答いただいた団体様には改めてお礼申し上げます。BCPと公文書管理の関係性については、予想に全く反して7割以上の回答者が意識されている、ということがわかり、驚くとともに安心したことが記されています。
翻って、2018年12月に、消防庁から「地方公共団体における業務継続計画策定状況の調査結果」が報告されています。策定率は、都道府県レベルでは100%になっていますが、市町村レベルではまだ6割強に留まっているようです。低い方から並べてみると、佐賀県(20%)、鹿児島県(21%)、福島県(22%)、青森県(23%)、長野県(23%)、沖縄県(24%)、岡山県(26%)と続きます。それぞれの事情があるのでしょうが、福島県の場合、報道から知りうる限りで想像力を働かせると、復旧させるのに大変でBCPの策定にまでとても手がまわらないのだと思います。福島の地には新幹線に乗って通過するだけで降りたことはありませんが、たまたま震災後間もない時期に、埼玉県加須市にある廃校(旧 埼玉県立騎西高等学校)に立ち寄ったことがあります。当時、そこに双葉町の役場の機能が移転され、また多くの避難住民が生活されていらっしゃいました。原発による汚染状態が払拭されない限り、新たな災害発生により寝た子が起こされる可能性がゼロではないと予想されるので、心から早期完全復旧を祈念します。
最後に、歴史史料の保全方法に関して、参考になる事例をみつけましたので、記します。「公文書問題と日本の病理」(松岡資明著、平凡社刊、2018年10月15日)。タイトルは刺激的ですが、極めて中立的に纏められた書籍で、p.176〜p.195にかけて「震災の記録と継承」と題された内容が載っています。
阪神・淡路大震災勃発後には、ボランティアをコーディネートする団体「阪神大震災地元NGO救援連絡会議」の中に、「震災・活動記録室」ができ活動を始めたこと、ボランティアの連携によって歴史史料の救出・保全活動が行われると同時にボランティア活動そのものを記録に残した点で画期的であったこと、日本で二番目に古い公文書館である尼崎市立地域研究史料館の中に「歴史資料保全情報ネットワーク」が開設され活動が始まったこと、このネットワークは後に神戸大学に移転、「歴史史料ネットワーク(史料ネット)」と改称された後は、日本各地の自然災害の資料救出・復旧活動にも貢献していること、神戸大学「震災文庫」の挑戦()、「地域歴史遺産」という考え方や、シニアの有効活用などなど、短い頁繰の中にいろいろ参考になる事が散りばめられています。
また宮城県北部地震の際には、この史料ネットの支援を受けて結成された「宮城歴史資料保全ネットワーク」が被害に遭った資料の救出にあたったこと、その際、資料救出にあたる人材だけでなく資金的な支援を担う人たちを組織化するための方策にも取り組んだことなども記されています。具体的な内容は書かれていませんが、このような活動にはどうしてもお金が必要なことを考えると、個人的には文化人に協力を求めることも意義深いのでは、と思います。たとえば、東北地方であればマー君とか・・・ 最後に今年3月11日に田中将大投手が発表したコメント( http://masahiro-tanaka.jp/message/2019/03/ )を引用して筆をおきます。
【 QUOTE 】
東日本大震災で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
震災直後に訪れた被災地の光景は、今でも鮮明に覚えています。その震災の記憶と経験を、しっかりと後世に伝えていく。8年という月日が経過した今だからこそ、風化させてはいけないと、あらためて、そして強く思います。
野球を通じてできること、ひとりの人間としてできることは限られているかもしれませんが、自分自身を成長させてくれた宮城、そして東北の地に、微力ながら貢献できればと思っています。
【 UNQUOTE 】
「文書管理通信」編集委員見習い 樹令(いつき・れい)
2019年3月22日 |